|
田んぼはずっと昔から米を作り続けてきました。日本人の暮らしに、田んぼはなくてはならないものでしたし、文化は稲作とともにつくられてきました。しかし、農業の近代化は、はからずも私たちの暮らしから田んぼを遠ざける結果をつくりだしています。この渥美半島の私たちの周りをみわたしてみても、久しくお米をつくっていない田んぼがたくさんあります。それは残念なことですが、これからも増えていきそうです。
どろんこ村では、この田んぼを生かして「田んぼの学校」をはじめようと思います。今まで生産の場としか考えられていなかった田んぼを、子どもたちの遊びの場、体験の場、学びの場にしようと思います。単なる遊び場だけなら田んぼである必要はないのです。稲を育てて観察するだけのことなら田んぼでなくともできます。学習の場は学校があります。なぜ、田んぼの学校なのか? 田んぼの学校は何を目指すのでしょう。
畑作中心だった世界の四大文明は、都市の増え続ける人口を養うために物を作るだけの技術偏重に陥り、人間と自然のバランスを欠いたために衰退しました。現在、南北アメリカにみられる大規模な畑作地帯では土壌流出や、灌漑による塩害のために、作物の収量が低下しているといいます。同様に、アフリカにおいても大規模ダムプロジェクトによる灌漑農業は行き詰まっています。化学肥料の大量投与による地下水汚染に悩まされていたヨーロッパでは、近代農業が見直され、環境保全型の農業が進められています。
アメリカやヨーロッパとちがって日本の農業は稲作が中心でした。田んぼは2000年来、主食の米を生産することによって、日本の人口を養ってきました。それだけでもすごいことですが、さらに田んぼはさまざまな働きをしています。田んぼは山の水や養分を集めてため、その水を繰り返し使います。洪水を防ぐ役目も果たします。小さな生き物を育て、自然の生態系をささえています。渡り鳥の休む場所でもあります。田んぼは地域の風土と調和しながら「大地のものは大地に返す」という自然のサイクルを大切にして営まれてきました。日本の農村の景観としても田んぼはなくてはなりません。私たちにとっては見慣れたあたりまえのものですが、田んぼは日本の自然と人間が育てている世界に誇れる財産なのです。田んぼがもっているこの豊かな恵みを共有し、それを大切にしていける大人や子ども、地域社会をつくることが田んぼの学校の目的でもあります。
日本人の暮らしはここ数十年の間に、便利で豊かになりましたが、ほんとうにそうでしょうか? かつて暮らしとともにあった自然はあちこちで壊されています。食卓に並ぶ食べ物からは、季節感も、だれがどうやってつくったのかも見えてきません。毎日食べているお米すら、どんなふうに作られているのか知らない子どもたちがほとんどでしょう。そんな生活がほんとうに豊かといえるのでしょうか?
田んぼの学校の入り口は食卓のお茶わん一杯のごはんにしようと思います。だれもが毎日何気なく食べているご飯の扉を開ければ、今まで知らなかった世界が広がります。楽しくて、やさしくて、おもしろくて、ワクワクする世界です。里山があって、ため池があって、川があって、田んぼがあります。仕事をするお百姓がいます。お日さまや、そこをふく風や流れる水が、田んぼの土や稲、小さな生き物たちが、お百姓のおじさんやおばさんが、子どもたちに語りかけます。子どもたちは、耳を澄まし、目を凝らし、自分の手や足で、さまざまなことを感じるでしょう。
田んぼの学校は米づくりの大変さを教えるところではありません。子どもたちが、田んぼとその周辺の自然環境に触れて、何かを感じるところです。そのためのいろいろな工夫はします。田んぼでいろいろな体験ができます。観察もできます。ボーッとすごすこともできます。インターネットを通じて日々の田んぼを見ることもできますし、質問をしたり、意見を言うこともできます。毎年、どろんこ村に稲刈りにやってくる日本福祉大学早野ゼミでは、今年度、新たな取り組みとして、インターネットを使ってのどろんこ村での学習交流を行うことをすでに決めています。田んぼの学校は、子どもたちだけでなく、若者や大人たちにとっても、自然と向き合える場所なのです。そして、そのことと矛盾しますが、インターネットにより、遠くにいても田んぼからの情報が受け取れます。私たちの田んぼの学校を通じて、自分たちの住んでいるところの自然に目をむけ、そこから学ぶことのできる人たちが増えていったら、こんなに嬉しいことはありません。 |